ChatGPT登場以来、生成AIは単なる技術トレンドを超え、ビジネスの最重要テーマとなりました。貴社でも「自社サービスにどう組み込むか」「新しいビジネスをどう創出するか」といった議論が活発に進んでいるのではないでしょうか。
しかし、スピードを重視するあまり、知的財産(IP)の戦略が後回しになっていないでしょうか?
技術を理解する経営者だからこそ、この“落とし穴”の危険性を知っていただきたい。
生成AIは、特許、著作権、商標、営業秘密など、多岐にわたる知財が複雑に絡み合う分野です。後から対応しようとすると、莫大なコストと時間を要するだけでなく、最悪の場合、事業そのものが立ち行かなくなるリスクすらあります。
この記事では、技術のわかる経営者の皆様に向けて、生成AIサービスを成功に導くために、最低限押さえておくべき4つの知財戦略を具体的なリスクと対策を交えて解説します。
1 AIサービスの「中身」を守る:ソースコード、学習済みモデル、プロンプト、出力物
まず、貴社のAIサービスを構成するコア技術をどう守るか。それぞれの特性に合わせて最適な戦略を立てる必要があります。
- ソースコード:
- リスク: 競合による模倣
- 守り方: アルゴリズムそのものに新規性・進歩性があれば「特許」の対象になりますが、一般的なコーディング部分は「営業秘密」として厳格な社内管理で守るのが現実的です。なお他社にはない独自技術(例:独自の画像生成エンジン)は特許出願を積極的に検討すべきです。
- 学習済みモデル:
- リスク: モデルの不正な抽出や再利用
- 守り方: 学習済みモデルは、数学的なデータであり、通常著作物と認められにくく、日本の著作権法では保護される可能性が低くなります。そのため「モデルを直接提供せずAPI経由でアクセスさせる」「利用規約で再利用・改変を厳しく制限する」といった技術的・法的なハイブリッド戦略で守ることが不可欠です。
- プロンプトと出力物:
- リスク: 著作権侵害、商用利用トラブル
- 守り方:
- プロンプト: 短い指示文は著作物と認められにくいですが、特定の目的の生成物を出力するために高度に設計された「プロンプトエンジニアリング」は、営業秘密や特許の対象になり得ます。
- 出力物: 現状AIのみが生成したものは著作権法上の著作物と認められないと判断されています(なお人間の創作的寄与が認められれば著作物と認められる可能性があります)。そのため、出力物の商用利用に関するトラブルを避けるためには、利用規約やガイドラインで権利関係を明確にすることが重要です。
2 ブランド価値を守る「商標権」:ネーミングとロゴ
サービス名やブランドは、貴社のビジネスそのものです。安易に使い始めると、後で他社とのトラブルになりかねません。
- 識別力のあるネーミングを:
- 「AI画像ツール」のような、サービスの機能を表すだけの一般的な名称は、商標登録が難しく、他社のサービスと区別することができません。ユニークな造語や既存の単語を組み合わせた「ChatGPT」のような名称を検討しましょう。
- ロゴや略称もセットで:
- ブランドの価値を最大化するには、サービス名だけでなく、ロゴや略称も合わせて商標出願することを検討しましょう。これにより、貴社サービスのブランドイメージを総合的に保護できます。
- 適切な区分選びが鍵:
- 商標は「どの事業分野で使うか」を指定して出願します。生成AIビジネスの場合、SaaSやプログラム開発が含まれる「第42類」、ダウンロードソフトの「第9類」、広告・マーケティング支援の「第35類」などが選択肢となります。貴社の事業展開に合わせて、抜け漏れなく出願することが重要です。
3 競争優位性を守る「意匠権」:画面UIをパテントポートフォリオに
ユーザ体験を左右する画面デザイン(UI)も、重要な知財です。意匠権を活用して、競合に真似されない独自性を確保しましょう。
- 保護対象となる画面UI:
- 入力画面から出力画面への操作フロー、AIとの対話画面、メニューの配置など視覚的に独自性のあるUIは「画像意匠」として保護可能です。特許や著作権では守りきれないUIをピンポイントで守ることができます。
- 出願は公開前に:
- 意匠は製品やサービスを公開(リリース)する前に出願することが鉄則です。公開後に慌てて出願しても、新規性が失われ、登録が困難になる場合があります。
4 「他社特許」の侵害リスクを潰す:開発段階での先行技術調査
生成AI技術は、Google、Meta、OpenAIといった大手からスタートアップまで、特許出願が急増しているホットな分野です。
- 先行技術調査:
- 先行技術調査とは、自社の技術が他社の特許を侵害していないかを事前に確認する調査です。
- 開発初期段階でこの調査を怠るとサービスリリース後に他社から特許侵害を指摘され、損害賠償請求やサービス停止を余儀なくされる恐れがあります。
- 自社特許は「交渉の盾」に:
- 先行技術調査で他社の特許侵害リスクを回避するだけでなく、自社の独自技術を権利化する「攻め」の視点も重要です。特許は、他社とのライセンス交渉における強力な「交渉カード」になり、ビジネスを優位に進めるための盾となります。
結論 知財戦略は「事業の未来を守る保険」です
技術の進歩が加速している生成AI分野だからこそ、対応が後手に回るとそれを取り返すために大きな負担が降りかかってきます。したがって、今回ご紹介した知財戦略をコストとして捉えるのではなく、「貴社の事業の未来を守る保険」と考えてみてください。
すべてのことを一度に実行するのは難しいと思いますので、まずは貴社のサービス・技術の棚卸しをお勧めします。
どのようなことから始めればいいのかわからない、そんなときにはぜひ専門家にご相談ください。
貴社のサービスが持つ独自の価値を、知財戦略で最大限に保護し、未来を切り拓いていきましょう。
さわべ特許事務所 https://sawabe-pat.com
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